谷川史子「手紙」

谷川史子集英社掲載分の恋愛短編集です。これまた素敵な作品を届けてくださいました。まだまだ未収録の作品があるみたいなので他の作品も期待しています。アワーズに掲載された「精々と」とかかなり楽しみにしています。ただ、無理をなさらないよう・・・。

さて、今回の短編集は3編+エッセイ+いつもの告白日記が掲載されていましたが、3編どれもが素敵な作品でした。そのなかでも私が一番好きだったのは「ソラミミハミング」です。読み終わるや否やすぐに2週目に入ってしまいました。そういう作り方をしていますが、それを抜きにしても2週目を読んでみたくなるくらい好きです。



密かに好きだった先輩に告白され、晴れて恋人同士になって同居もしはじめて、順風満帆な生活を送っていたと思っていたのに、新社会人になった彼氏はなかなか家に帰ってこなくなって、2人はすれ違いが続く毎日・・・、というお話です。2人のすれ違いが重なって、どうしようもなくなり消耗していき、離れていく心がごくごく自然に描かれているだけでもギュっとなったのですが、それだけではないのがこのお話のすごいところ。

彼女がご飯を作って彼氏を待っているシーン。遅くに帰ってきた彼氏と、「頑張ってご飯作って待っていたのに、なんで連絡してくれないの!?」とケンカをしてしまい、すぐに仲直りするという夢を見ます。ですが最後まで読むと、このエピソードは夢でも、ましてや彼女の想像でもないことはすぐにわかります。それを適度に自然に、適度に不自然に描く。そのバランスが素敵すぎます。

その後、彼女はそのまま眠ってしまい、遅くに帰ってきた彼氏が、彼女にタオルケットをかけるのですが、ここでご飯を作って待っていた彼女のモノローグが流れます。

どうか
おしつけがましくなりませんように
さりげなく伝わりますように

初見では、夢のエピソードもあって彼女に感情移入をして切なくなりました。しかし最後まで読んだあとに見返してみると、ここで彼女をジっとみる彼氏がとても切ないんです。

・・・いや、この彼氏が悪いんですが。ええ、この彼氏が悪いんですけども、「んもー」なんていわれた日には・・・彼氏の気持ち、わかります。ゴメンなさい。

よく見たら、彼女がカレンダーに×をつけていたのは「彼氏が遅く帰った日」ではなく、「1ヶ月」を刻んでいってたんですね・・・。そうやって読み返してみると、色々な見方ができてしまいます。とても素敵な作品でした。




そのほかの2編も劣らずの素敵な作品です。


1編目は表題作でもある「手紙」。
ひとり暮らしをすることになった彼女は、ある日、宛先が自分ではない手紙を開けてしまいます。出来心でそのまま本人になりすまして手紙をやり取りしているうちに、手紙の送り主とすっかり仲良しになっていく彼女。そんなとき突然、その送り主から「そちらに遊びに行きます」という手紙が届いて・・・、というお話。

ラブ分は少ないです。もしかしたらなくてもよかったかも、と思うくらい。主人公である彼女は、母親から過保護すぎるくらい心配されていて少々ウンザリしている大学生で、手紙の送り主は誰かの母親です。母親と子供の、よくあるごくごく普通のお話です。ごくごく普通のお話なのにハッと気づかされる、とても優しいお話です。



最後は「河を渡る、きみと歩く」。これがまた震えるんですよ。もう谷川史子は何なのと。突然失踪した女を男が探し出して2人が再会する。男は女の前に駆けつけてくる。よくある話です。私もそんなよくある話だけなら震えません。セリフが、流れが、雰囲気が、とにかく素晴らしい。

そこに至るまでの経緯は書きませんが、彼氏のセリフ

俺はおまえの何なんだよ・・・

に、ズシンと来ました。とてもおもい言葉です。愛のある言葉だと思いました。彼女の気持ちのすれ違いも相まって、とても深く感じました。そして短編とはかくあるべきという、気持ちのいいラスト。素敵な作品をありがとうございます。



3編とも基本的に恋愛モノなのですが、全然展開が読めませんでした。恋愛モノなんてくっつくか離れるか、くっつきなおすかくらいしかないはずなのに、です。実際に3編とも結末はそれなのですが、次のページをめくるまでドキドキします。そのドキドキは恋愛モノを見るときの「2人はどうなっちゃうの?」というドキドキではなく、このあとどんなお話が待ちうけているのか、というドキドキです。もちろん恋愛モノのドキドキもあるのですが。

よくある普通のお話やありがちな設定、展開でも谷川史子という魔法を使うことですっかり形を変えてしまいます。それがとても素敵で嬉しい。早くも次の短編集が楽しみです。



・・・あと相変わらず告白物語は面白すぎます。2008年はお疲れ様でした。




手紙 (りぼんマスコットコミックス)

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