船戸明里「Under the Rose」(1)-(6)

舞台は19世紀後期のイギリス。ロウランド伯爵という伯爵家で繰り広げられる人間模様を描いた作品。その緻密で繊細な感情の揺らぎと日常という物語のつなげ方の描き方がとにかく素敵でした。まさしく人間模様。

伯爵家という箱庭で繰り返す日常。誰かの言葉がめぐりめぐって別な誰かを動かす要因となる、その自然さと濃厚さに惚れました。その度合いがとにかく濃密で、重厚な物語を楽しむことができます。それから、基本的に心の底から優しい家族ではありますが、同時にそのほとんどが影や闇を持っています。その影や闇がいろいろな謎や駆け引きを生み出して、作品の面白さに一華添えています。

作画ですが、絵も話と同じくとても重厚に、それでいて煌びやかに描かれています。緻密な時代考証を行っているとのことで、19世紀英国の、衣装や家具に至るまでしっかりと当時を描いているそうです。なんというか、物語としてとても良く完成されていて作品世界に酔いしれることができます。とても素敵な作品にめぐり合えて幸せです。



今のところ冬の章と春の章とあります。「冬の物語」はロウランド家五男のお話で「春の賛歌」は女家庭教師のお話です。



「冬の物語」
Under the Rose (1) 冬の物語    バースコミックスデラックス
没落した侯爵家の一人娘であるグレース・キングは、愛人であるロウランド伯爵の家で謎の死を遂げた。離れて暮らしていた息子ライナスとロレンスは、父親アーサー・ロウランドの元に引き取られる。ライナスは出生のことで母を憎みながらも母親の不可解な死に疑念を抱き、真実を暴こうとロウランド家を相手に孤独な闘い繰り広げる――。

とにかくライナス・キングの非常に危うい、ナイフのような性格にハラハラします。誰かが優しく包もうとしても、逆に切り刻んでしまうという。彼が屈折した理由は紛れもなく母親によるものなのですが、そのために引き起こされた親子の悲劇は本当に冗舌尽くしがたいものがあります。母親の死の真相――。これを読んでこの作品のテーマには「愛情」があるな、とボンヤリ感じました。人が人を想うことは簡単なようで難しい、と。

この章はライナスの“犯人探し”が目的のため、ミステリー仕立てになっているのも面白いです。ライナスのことをサポートしてくれる女使用人が居るのですが、その使用人と接するときはその使用人を殴らなかったり(この子はほかの使用人には暴力振るいます・・・)してて、2人の関係も面白かったり。ライナスは普段背伸びしてるだけに、そういうところは子供らしいな、とほっこりしました。そういう紆余曲折を経て、帯を含む表紙を見返すと本当にもうヒドイです。このセンスにまずはやられました。この章だけでもひとつの物語として完成していてとても好きです。



「春の賛歌」
Under the Rose (3) 春の賛歌    バースコミックスデラックス Under the Rose (4) 春の賛歌 (バースコミックスデラックス)
2巻の途中からはこちらです。美人ながらも厳格で仕事熱心な家庭教師レイチェル・ブレナンから見たロウランド家、という趣の章です。やがて彼女もロウランド家に染まっていきます。時代が変わろうとしている中での貴族たちの日常を垣間見ることができます。お茶会やハウスパーティーといった煌びやかな貴族の暮らしや、それを影で支える使用人たちの日常も丁寧に描かれていてそれだけでも素敵です。

しかし、なんと言ってもこの章は、何を考えているかわからない腹黒眼鏡である次男ウィリアムと、家庭教師ブレナンの危ういというか背徳な関係がなんというかとても良いです。


いつもはブレナン先生に対して優位性を見せ付けて、あくまで主人として家畜を扱うように接しているウィリアムですが、節々で彼女をすごく意識するようになっていって、しばらく夜に会えなくなって、久しぶりに面と向かってゆっくりと話してあの表情でした。あの表情は本当に反則です。

元々兆候はあったんですが、ウィリアム自身、屈折しまくっている上に母親であるアンナ・ロウランドという存在・関係があるため、ブレナン先生に対してああいう手段しか取れなかったのかな、と思いました。もちろん許されることではありませんが。本当は優しい子なんですけども・・・。

で、まぁ、もちろんブレナン先生が被害者のままだったらウィリアムに対しては嫌悪感しか抱かないわけですが(今でもブレナン先生は被害者ですけど)、この先生がこれまただんだんと年下眼鏡少年に溺れていくのがとにかく素敵。

「どうせするんでしょう?」
「「・・・お望み」ならば」

にはゾクゾクしました。

このあたりの心情の変化、駆け引きもすごく面白いです。素直になりすぎたブレナン先生はともかく、ウィリアムはもっと素直になればいいと思います。


これ以外にも長いだけあって春の章は(も)見所満載です。日常会話が丁寧に描かれているので、一人ひとりが本当に魅力的なキャラクターになります。ロウランド家は父親であり主人であるアーサー・ロウランドと“正室”アンナ・ロウランドの間に4人、愛人グレース・キング(死別)との間に2人、もう一人の愛人マーガレット・スタンリー(別居)との間に2人と、結構大所帯です。大所帯ですが、その一人ひとりがきちんと面白い。本当は一人ひとり紹介したいくらいですが割愛・・・。



本当、濃密すぎて作品の魅力が5%くらいしか伝えきれてないと思います。もっと評価されて欲しい作品です。



Under the Rose 6―春の賛歌 (バーズコミックスデラックス)

Under the Rose 6―春の賛歌 (バーズコミックスデラックス)